いずれも干拓事業による大規模農地の開拓を目的としていたが、数十年も前の食糧不足時代に立案した大型の公共工事だった。
このため年月が経過するうちに食糧不足時代は飽食の時代に移行して、食糧不足の解消という工事の目的が喪失してしまった。
もっとも事業目的はそれだけでなく、山問部の農民を平坦な大規模農地に移住させ、農業の規模拡大と生産性の向上を計るという構造改革計画でもあった。
だからこそ工事は継続されてきたのだが、環境問題という深刻な問題が浮上してきた。
「中海のシジミを殺すな」「有明海のムツゴロウを殺すな」「養殖ノリの被害の責任を取れ」
と言った声が全国的に広まった。